琳久さんがキーを一つ押すと、その緑色の滝(演出)が消え、今度は本当に人間には追えない速度で、解析された情報が次々と書き込まれていく。
演出が終わった瞬間、アイちゃんの本領発揮だ。
「へえぇ……アイちゃん、すごい」
私が感嘆の声を漏らすと、琳久さんは「どうよ!」と鼻高々に胸を張った。
その様子を見ていた煌良ちゃんが、口元に手を当てて、ふふっ、と小さく吹き出した。
「もう……琳久ったら。こんな時でも、エンターテイナーなんだから」
その笑顔はまだ少し弱々しく、目元は赤く腫れていたけれど、さっきまでの絶望的な色は薄らいでいた。
彼女の心が、日常の温かさを少しだけ取り戻した瞬間だった。
画面の端に、意味不明な文字列が出ては消え、出ては消えを繰り返す。
AIが膨大な計算を行っている証拠だ。
……Searching……Matching……Probability 98%……
数秒後。画面が切り替わり、一枚の顔写真がポップアップした。
「お、写真ゲット!」
黒髪のロングヘア。控えめな笑顔の女性。
その横に、詳細なプロフィールが流れるように表示されていく。
『八代 泉(やしろ いずみ) 21歳 学生 東京都杉並区在住……』
「3人目の遺体と、身体的特徴が一致。……ビンゴだね」
琳久さんがニヤリと笑う。
「では、続いて……」
「SNSのログを掘るのね」
「もう! だから先に言うなよ天才!」
琳久さんは文句を言いながらも、小さいウィンドウを開いて何やらコマンドを打ち込んだ。
すると、画面上でクルクルと文字が踊りだす。八代泉さんのSNSアカウント、そして彼女に関する友人の投稿などが次々と抽出されていく。
『あの子、本当に優しくて……』
『ボランティアサークルの女神様だよ』
『雨の中、傘もささずにずぶ濡れのお爺さんに自分の傘を貸してあげてたのを見たよ』
画面を埋め尽くすエピソード。
それらをアイちゃんが解析し、要約(サマリー)を表示する。
【性格特性:自己犠牲的、利他主義、几帳面、好む色は白】
「……完璧ね」
姉が低く呟いた。
「美月さんと同じ。……彼女もまた、『雨の日の善行』によって、犯人に『有資格者』として選ばれてしまったのよ」
さすが、アイちゃん。警察より先に一人特定だ。
「よし、この調子で……ん?」
姉が、ふと視線を逸らし、琳久さんが最初に広げていた方のPCを指差した。アイちゃんの活躍で脇に追いやられていたが、警察のデータベース(MPD-NET)への裏口が開かれたままになっている端末だ。
「琳久。もう一度、そっちのサーバーにアクセスして。……検視データが更新されているわ」
「え、ヤダァ……」
琳久さんが露骨に嫌な顔をする。
「検視報告書ってことは、エグいやつでしょ? 解剖写真とか見たくないんだけどなぁ」
「いいから、やって。必要なデータよ」
「へいへい……」
琳久さんは渋々、最初のPCを操作し、検視報告書や鑑識写真が格納されているフォルダにアクセスした。
画像が表示された瞬間、彼女は「うわぁ……」と顔をしかめた。
「ちょっと、待ってよ。……煌良は見ちゃだめ」
琳久さんは素早くPCの向きを変え、煌良ちゃんの視界から画像を遮った。
「彩心ちゃんも、見ないほうがいいよ。……はい、カホ」
姉の前にPCが差し出される。
そこには、目を背けたくなるような損傷した遺体の写真や、切断部のアップが映し出されているはずだ。
けれど、姉は眉ひとつ動かさず、まじまじとそのデータを凝視している。
「……よく、平気ね」
琳久さんがげんなりした声で言う。
「感情を挟まなければ、ただの物質(モノ)よ。……あら」
姉の目が留まる。
「もう一人、身元が判明しているわ。……神尾 真理(かみお まり)。時期的に6人目の犠牲者ね」
「お! 警察もやりますねぇ」
琳久さんが感心したように言う。
「科捜研のおばちゃ……お姉様たちが頑張ったのかな?」
「アイちゃんだって負けないよ!」
琳久さんは対抗心を燃やし、再びキーボードを叩き始めた。
「……っと、カホ! 名前だけだけど、4人目の候補、拾えた!」
画面に表示された名前。
『三枝 雅(さえぐさ みやび)』
「……名前だけか。これじゃSNSは拾えないわね。同姓同名が多すぎてフィルタリングできない」
「住所か年齢がわかれば絞れるんだけど……」
「そうね。……なら、答え合わせ(トレード)をしましょう」
姉はそう言って、迷わずスマートフォンを取り出し、発信ボタンを押した。
スピーカーモードにして、テーブルに置く。
画面には『水谷川 芽瑠』の文字。
ワンコールで繋がった。
『……なに、佳穂。進展あった?』
少し疲れたような、けれど期待を含んだ先輩の声。
「ええ。おそらく、3人目と4人目の身元を割ったわ」
『はぁ!?』
先輩の素っ頓狂な声が響く。
「3人目の『八代 泉』に関しては、写真と詳細データ、性格プロファイルまで完了してる。4人目は『三枝 雅』。名前だけだけど、警察のデータベースと照合すれば、そこから何か得られるでしょ?」
『……ちょっと待って。あんた、まさか琳久でも連れてきた?』
電話の向こうで、先輩が呆れたように息をつく気配がした。
「はいはーい、どうも!」
琳久さんがPCに向かったまま、明るく手を振る(見えないのに)。
『……やっぱり。あんたたち、また警察のデータハッキングしたわね?』
「人聞きの悪い! セキュリティホールの点検をしてあげただけですよぉ」
『……まぁいいわ、今は問わない』
先輩の声が、少し拗ねたように低くなった。
『それにしても……私があんなに「サイバー捜査官としてうちに来い」って勧誘してるのに断っておいて、佳穂のところには尻尾振って行くとか……お姉さん、ちょっとショックだわ』
「やだよー。だって警察って、お堅いおっさんばっかって感じだし。息詰まるもん」
『うっ……確かに、否定はできないけど』
ぐうの音も出ない先輩に、琳久さんが畳み掛ける。
「そんなことより、情報送ってよね。こっちの『八代 泉』のデータあげるから、そっちで判明してる『神尾 真理』の詳細データと、4人目の『三枝 雅』の裏取り情報、ちょーだい。それでチャラ」
『……はいは〜い』
先輩が苦笑混じりに答える。
「何かわかったら、すぐデータ送ってよ」
『ちょっと。機密情報よ? そんな簡単にホイホイ送れるわけ……』
「そう。じゃあ、こっちの情報は渡さない」
姉が冷たく言い放ち、通話終了ボタンに指をかける。
『わ、わかったわよ! 送ればいいんでしょ、送れば! ……まったく、どっちが警察なんだか』
ブツッ、と通話が切れた。
数秒後、琳久さんのPCに通知音が鳴り響く。
「……来た! さすが仕事が早い!」
これで、手札は揃った。
警察と天才犯罪心理学者(プロファイラー)、二つの力が合わさり、被害者たちの輪郭が急速に浮かび上がってくる。
「琳久。……今まで集まったデータ、私たちで集めたものと、芽瑠先輩から送られてきた警察のデータをすべて統合して。それをAIに読み込ませて、もう一度、被害者たちの共通項(ファクター)を洗い出して」
姉の指示を受け、琳久さんがエンターキーを叩く。
画面上で、警察の無機質な捜査資料と、SNSから抽出された生きた言葉たちが混ざり合い、再構成されていく。


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