『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔002

小説
This entry is part 2 of 2 in the series 姉妹探偵第1編第1部第1章

姉妹探偵第1編第1部第1章

『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔001

『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔002

 人が、壊れていく。

 自ら命を絶つ人。ある日ふらりと消えてしまい、行方不明者リストに加えられる人。その数は年々増え続け、年間16万人近くが「ここではないどこか」へ消えている。

 誰も、助けてはくれない。

 政治家は保身に走り、役人や警察といった国家組織は、溢れかえる犯罪と市民の怒りの前で機能不全を起こしている。信頼なんて言葉は、もう辞書から消えてしまったのかもしれない。

 殺伐とした、救いのない時代。

 呼吸をするだけで、肺の中に灰色の粒子が溜まっていくようなこの世界。

 けれど。

 だからこそ、私は今日、空港へ向かっている。

 この混沌とした世界を、冷徹なまでの「論理」で切り裂くことができる、人物。感情に流されず、真実だけを見つめる私の姉。

 「……帰ってくる」

 私は小さく呟いた。

 成田空港へ向かう快速電車が、スピードを上げる。天才・榎本佳穂が、この日本に帰ってくる。その喜びに心が震える。

英国からの帰還

 私は、今月で22歳になる、東京大学法学部の4年生だ。手前味噌だけれど、私も世間一般で見れば「賢い」部類に入るのだと思う。東大の法学部に現役で合格し、それなりの成績を修めているのだから。

 けれど、私には「越えられない壁」がある。それが、IQ240という天文学的な頭脳を持つ姉――榎本佳穂(かほ)だ。

 姉は、文字通りの「怪物」だった。幼い頃から、私は常に姉と比較され続けてきた。「お姉ちゃんはすごいね」「妹さんは普通だね」。そんな無邪気な、けれど残酷な言葉の礫(つぶて)に、何度も心を削られたこともある。それは、努力でどうにかなる差ではなかった。生物としてのスペックが根本的に違うのだと思い知らされる日々。

 けれど不思議なことに、私はそんな姉を妬むどころか、心の底から尊敬し、どうしようもないほど慕っている。

 悔しいけれど、大好きなのだ。私のこの熱烈な想いは、恐らく姉にも通じているとは思う。……思うのだけれど、姉の反応は基本的に「冷たい」。もちろん、彼女なりの不器用な優しさを感じる時もあるけれど、基本設定は「氷点下」だ。私に対してだけではないのが救いだ。

 姉・佳穂は、どんな時でも冷静沈着。口数は必要最低限。けれど、ひとたび口を開けば、感情を一切排した冷徹な論理(ロジック)を展開する。

 その言葉は、精密誘導されたミサイルのように相手の矛盾や虚飾を的確に撃ち抜く。相手が同級生であれ、上級生であれ、あるいは教師や権威ある大人であろうと関係ない。

 完膚なきまでに論破し、再起不能になるまで叩きのめしてしまう。高校時代『魔王』と呼ばれてきた所以でもある。

 特に、権威を振りかざす大人や、後ろめたい秘密を持つ人間にとって、姉の存在は恐怖そのものだろう。何を言っても動じず、ただ真実だけを突きつけてくるその瞳は、彼らにとって疎ましく、そして恐ろしいはずだ。

 もし、言葉で勝てないからといって、暴力に訴えようものなら――それは最悪の選択だ。姉は頭脳だけでなく、武道においても達人級の腕前を持っている。空手と合気道を極めた彼女に悪意を持って近づけば、触れることすらできずに宙を舞い、地面に叩きつけられるのがオチだ。まさに文武両道を地で行く、完全無欠の「魔王」。そんな姉の強さに、私は時折、恐怖を超えて心酔してしまうことがある。

 身長170cm。モデルのように手足が長く、細身で洗練されたスタイル。そして、誰もが振り返るほどの美しい容姿。神様は不公平だと思いたくなるけれど、その彫刻のような美貌と、感情をほとんど表に出さない表情が、彼女の「近寄りがたさ」を倍増させているのも事実だ。

 (……お姉ちゃん、日本に馴染めるかな)

 再会の喜びと共に、一抹の不安がよぎる。この殺伐とした2035年の日本で、姉がどう動くのか。私は車窓に流れる景色を見つめながら、これから始まる姉との生活に思いを馳せた。

 ふと、車窓に映る自分の顔が、6年前のあの日の姉の表情と重なった気がした。

姉妹探偵第1編第1部第1章

『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔001

コメント

タイトルとURLをコピーしました