『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔023

小説

姉は紅茶を一口飲むと、無表情で答えた。
「快適だったわ。余計な雑音が少なくて」
「出たよ、カホ節。あんたねぇ、少しは愛想ってもんを覚えないと。修学旅行の時もそうだったじゃん」
「修学旅行?」
 私が思わず聞き返すと、琳久さんが身を乗り出してきた。
「そうだよ彩心ちゃん! 京都での班別行動! カホにルート決め任せたらさ、『最短経路かつ観光客の人口密度が最も低いルート』を弾き出しやがって」
「効率的だったはずよ」
 姉が不服そうに口を挟む。
「どこが! 裏路地と墓地の横ばっかり歩かされて、お土産屋さんゼロだったじゃん! 金閣寺の裏山から侵入しようとした時は、さすがに止めたけどさぁ」
 あははは! と琳久さんが快活に笑う。
 煌良ちゃんも、「あったあった、懐かしい!」と思い出し笑いをしている。
 姉だけが、「正規ルートは混雑率が許容範囲を超えていた」とブツブツ言い訳をしていた。

 ひとしきり笑った後、琳久さんが思い出したように身を乗り出してきた。
「そうそう! 男と言えばさ、彩心ちゃんは彼氏できたの?」
「……いないよ」
 私が即答すると、琳久さんは大げさに天を仰いだ。
「あーあ、あんた、終わったわ!」
「何が?」
「いや、だって、あんたには『これ』がいるんだよ!?」

 琳久さんがビシッと姉を指差す。

「こんな、息をするように嘘を見抜き、論理で丸裸にしてくる姉がいるのよ! 彼氏なんて連れてきた日には、玄関先で精神分析されて終了じゃん! 物理的にぶん殴られるよりキツいわ……ま、この人、ぶん殴ってもハンパないけど」

 言いたい放題だ。
 しかし姉は動じず、冷ややかに切り返した。

「……琳久こそ、ネットの海から根こそぎデータを拾ってきて、丸裸どころか骨まで分解するでしょう。プライバシーの侵害レベルなら貴方の方が上よ」
「うぐっ……! 痛いところを……」

 琳久さんが胸を押さえて呻く。

「う〜ん、だから男できないのかぁ〜。ハイスペック女子の悩みは深いねぇ」
「……琳久ちゃんの場合、それだけじゃないと思うけど……」

 煌良ちゃんがボソリと呟く。

「あ!? 今なんか言った!? きらら! ちょっと! ひどくない!?」
「あはは、ごめんごめん!」

 琳久さんが吠え、煌良ちゃんがケラケラと笑う。
 その明るい笑い声の中で、私は一人、曖昧な愛想笑いを浮かべていた。

 ――違う。
 煌良ちゃんや琳久さんは、知らない。
 私が恋愛できない本当の理由を。

 お姉ちゃんみたいな天才的な推理力も、琳久さんみたいな分析力もいらない。
 私の「共感力(エンパス)」は、もっとダイレクトで、逃げ場がないのだ。
 相手と向き合った瞬間、その心の奥底にある欲望、打算、あるいは微かな幻滅……そういった「本音のノイズ」が、リアルタイムで私の中に流れ込んでくる。

『可愛いけど、ちょっと重そうだな』
『この子と付き合えば、親も安心するかな』

 そんな、言葉には出さない、けれど誰もが持っている些細な裏側が見えすぎてしまう。
 だから、踏み込めない。誰も好きになれない。

 (……このことだけは、話せない)

 私は胸の奥で小さく溜息をついた。
 琳久さんの言う通りだ。「全てを知られる」なんて、誰だって嫌に決まっている。
 もし私が「あなたの心が読めるの」なんて言ったら、大好きな煌良ちゃんでさえ、私を怖がって離れていってしまうかもしれない。
 それだけは、耐えられない。
 この秘密は、墓場まで持っていくしかないのだ。

「……もういいわ」

 姉がカップをソーサーに置いた。
 カチャリ、という硬質な音が、楽しげな空気を断ち切るスイッチになった。
 姉の瞳から、同級生としての色が消え、冷徹な「犯罪心理学者(プロファイラー)」の色が戻ってくる。

「休憩は終わり。……始めるわよ、琳久」
「へいへい。了解、ボス」

 琳久さんも瞬時に表情を引き締め、放り投げていたバッグからノートPCを取り出した。
 頬杖をつき、鋭い眼光で姉を見据える。

「で? カホ。何調べるの」

 姉は静かに頷き、事件のあらましを語った。
 その話を聞きながら、琳久さんは「煌良大丈夫?」とか「うわ、最悪」とか、いちいちオーバーなリアクションで相槌を打っていた。アメリカにいたせいなのか、高校時代より反応が大きくなっているように思える。

「理解した」
「うん」
「じゃあ、分析を始めるわ。まずは、被害者たちの『声なき声』よ」

 姉の合図で、琳久さんがノートPCを開く。
 その瞬間、彼女の纏う空気が一変し、そこは「戦場」に変わった。
 彼女の指がキーボードを叩く音は、まるで機関銃の掃射だ。タタタタタッ! という乾いた音が途切れなく続き、画面上を私には理解できない文字列と画像が高速で流れていく。

「さてと。まずは警察のデータベース(MPD-NET)の裏口から、今回の土砂崩れで見つかった7人の遺体データを引っこ抜くよ。……はい、ビンゴ」

 琳久さんがエンターキーをッターン! と叩くと、空中に投影されたかのように、7つの枠が画面に並んだ。
 一番左、久世美月さんの枠だけには写真がある。けれど、残りの6つの枠には、顔写真の代わりに『Unidentified(身元不明)』という無機質なタグと、発見時の骨格図だけが表示されている。

「……遅いわね」

 姉が画面を見て眉をひそめる。

「警察もまだ、久世さん以外、被害者の身元を掴みきれていないようね」
「まあ、そうなるよねー。骨だけじゃ限界あるし」

 琳久さんは「ちょっと待って」と言って、バックパックからもう一台、一回り大きく、分厚い無骨な黒いノートPCを取り出した。
 ケーブルを繋ぎ、電源を入れる。
 画面に浮かび上がったのは、WindowsでもMacでもない、見たこともない幾何学模様のロゴだった。

「出でよ、私の相棒! 『AIのアイちゃん』登場!」
「……そのままじゃない」

 姉が即座にツッコミを入れる。

「あ、ひどい! アイちゃんは最高なんだから! 私の思考パターンを学習させた、世界最強の自律型AIなんだぞ!」
「で、そのAIで何をするの」
「情報の海を泳がせるのよ! ……アイちゃんよ! ちょっと待ってね」

 琳久さんが、プログラム言語なのか英語なのか、私にはさっぱり読めない文字列を、猛烈な勢いでコマンドプロンプトに打ち込んでいく。
 その画面を横から覗き込んでいた姉が、ふむ、と小さく頷いた。

「なるほど。マスコミね」
「ちょっと! 私の解説(セリフ)取らないでよ!」

 琳久さんが頬を膨らませて抗議する。

「そうよ! テレビ、新聞、雑誌、ネットニュース……あらゆるメディアの過去のアーカイブから『行方不明者』や『家出人』の情報を収集(スクレイピング)するわけ。その膨大な断片を、アイちゃんが警察の遺体データ(発見場所、衣服、推定年齢)と繋ぎ合わせて、答えを出してくれるの!」

 言い終わると同時に、琳久さんは「ッターン!」と派手な音を立ててリターンキーを叩いた。
 すると。
 画面が真っ黒になり、鮮やかな緑色の文字列が、上から下へと滝のように流れ落ち始めた。
 まるで、古いSF映画のワンシーンのようだ。

「……何これ」

 姉が眉をひそめて呟く。

「演出よ」

 琳久さんがニシシと笑う。

「くだらない」

 姉は即座に切り捨てた。

「ひどーい! 気分よ気分! ハッカーと言えばこれでしょ! 『マトリックス』知らないの?」
「知らないわよ。……処理リソースの無駄遣いよ」
「えぇー……人生損してるよ。見なさいよ、名作なんだから」

コメント

タイトルとURLをコピーしました