『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔017

小説

 まるで犯人の思考回路を透視しているかのようなその言葉が、宗像警部の逆鱗に触れた。

「貴様……!」

 宗像警部が、姉に掴みかからんばかりの勢いで踏み出した。

「まるで見てきたかのように語りやがって! お前がもっと早く動いていれば、この被害者は助かったかもしれないんだぞ!」

 その言葉は、姉が一番気にしていた「3日間の空白」を鋭く抉るものだった。  宗像警部の目には、単なる怒り以上の、ドロドロとした嫌悪感が渦巻いていた。  人の心を持たないように見える犯罪心理学者(プロファイラー)への、生理的な拒絶反応。

「相談を受けておきながら3日も放置した挙句、死んでから講釈を垂れるだと? 一般人が探偵ごっこで捜査を掻き回すな!」

 宗像警部の怒号が、冷たい霊安室(遺体確認室)に響き渡る。  しかし、姉は一歩も引かなかった。

 冷ややかな瞳で宗像警部を見返し、静かに、しかし鋭利なナイフのような言葉を返した。

「……矛盾していますね、警部」 「何?」 「貴方は今、『一般人が口出しするな』と言った。その一方で、『一般人の私が動かなかったから助からなかった』と私を責めた。警察の職務放棄を、民間人の責任に転嫁するのはやめていただきたい」 「なんだと……ッ!」 「彼女は警察に相談していたはずです。ストーカー被害を訴え、助けを求めていた。それを『事件性がない』と追い返したのは、どこの組織ですか? 警察(システム)が機能していれば、私が動く必要などなかった」

 正論だった。  ぐうの音も出ないほどの正論が、宗像警部を黙らせた。  けれど、彼の拳は怒りで小刻みに震え、佳穂を睨みつける視線には、単なる反発を超えた、ドロリとした憎悪が渦巻いている。

 その張り詰めた空気を、凛とした声が制した。

「……やめなさい、宗像警部」

 水谷川先輩が、宗像警部と姉の間に割って入るように立った。  彼女は、痛ましげに目を伏せ、まずは姉の言葉を肯定した。

「佳穂の言う通りよ。今回の件は、警察(私たち)の不手際だわ。初動が遅すぎた」 「ですが管理官……ッ!」 「言い訳は聞かないわ」

 芽瑠先輩は、食い下がろうとする宗像警部を鋭い眼光で射抜いた。  そして、一歩近づき、彼にだけ聞こえるような、けれど芯のある声で告げた。

「……貴方が彼女に、佳穂に、誰の影を重ねているかは分かっているわ。かつて貴方が信頼し、そして裏切られた上司……『水無瀬芙笑(みなせ ふえ)』でしょう?」

 その名前が出た瞬間、宗像警部の体が石のように固まった。  喉の奥で、呻き声のような音が漏れる。

「人の心を持たないかのように振る舞い、死体を記号として解剖する犯罪心理学者(プロファイラー)。……佳穂の姿が、あの女と重なって見えるのも無理はないわ」 「…………」 「けれど宗像、今はその個人的な感情(トラウマ)を飲み込みなさい。その煮えたぎる怒りの矛先を向けるべきは、目の前の協力者(佳穂)じゃない。……7人の女性をモノのように扱い、手首を奪って泥の中に捨てた、真犯人よ」

 芽瑠先輩の言葉は、厳しくも、部下の古傷を理解する響きを持っていた。  宗像警部は、ギリギリと歯ぎしりをするように奥歯を噛み締め、それから大きく、荒い息を吐いた。

「……くっ!」

 彼は忌々しげに拳を振り下ろすと、もう佳穂を見ようともせず、踵を返した。  その背中は、行き場のない怒りを必死に押し殺しているようだった。

 重苦しい沈黙が落ちた、その時だった。  閉ざされた鉄扉の向こうから、穏やかな、しかし芯の通った声が響いた。

「……行こう、宗像」

 本多刑事だ。  中のやり取りが聞こえていたのだろう。扉越しにかけられたその言葉には、暴走しかけた相棒を現実に引き戻す、父性のような響きがあった。

「今は、ホシを挙げることだけを考えろ」

 その声に、宗像警部の肩から力が抜けたのが見えた。  彼は無言で扉を睨み、短く鼻を鳴らすと、乱暴に足音を立てて部屋を出て行った。

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