『姉妹探偵』第1編 冷徹な天使と、慈悲深き悪魔006

小説

 この遺産相続にあたり、姉が弁護士に相談しつつ、法的手続きを全て進めてくれた。私は法学部に行っているのに、何の役にも立てなかった。大学に入学したてで、法律の勉強は始まったばかりだったとはいえ、姉に守られるだけの自分が不甲斐なくて仕方なかった。

 亡き両親が遺産で守ってくれたように、今度は私が、法律の知識で姉を守りたい。法的なことに関しては、全て私に任せても安心だと思ってもらえるようになりたい。

 そう決意して、私は必死に勉強した。

 そして昨年、大学3年の時に司法書士試験に挑み、その年の11月に一発で合格した。  超難関と言われる資格だが、姉への想いが私を突き動かした。司法書士として働く予定はない。ただ、姉に対して「私も戦える」という成果(スペック)を示したかったのだ。

 電車に揺られながら、ふとこの先の二人の生活を考えた。

 この殺伐とした時代に、姉が英国で学び、持ち帰ってくる「犯罪心理学」という武器は、きっと必要とされるはずだ。そして、私の法律の知識と、人の心を読む力は、感情を持たない姉の最強の盾になれるだろう。

 具体的に何をするか、まだ何も決めてはいない。けれど、姉と二人なら何かを起こせる。何かを成し遂げられる。

 姉の並外れた知能指数と、犯罪科学・行動分析の知識。そこに私の特異な感情知能と、法律知識を掛け合わせるのだ。そうすれば、どんな理不尽な「バグ」だって修正できるはずだと、私は確信に近い予感を抱いていた。

 これからの未来に思いを巡らせているうちに、車内アナウンスが成田空港への到着を告げた。

 電車が滑り込んだのは、空港第2ビル駅だ。

 姉が搭乗しているブリティッシュ・エアウェイズ(BA)の便は、第2ターミナルに到着する。

 プシュウ、とドアが開く。

 私は逸る気持ちを抑えきれず、ホームへと飛び出した。改札を抜け、長いエスカレーターを駆け上がる。空港特有の、清掃が行き届いた無機質な匂いと、行き交う人々のざわめきが肌に触れる。かつてのような活気はないかもしれない。けれど、ここは「世界」と繋がっている場所だ。ここから、新しい何かが始まる予感に満ちている。

 「……待ってて、お姉ちゃん」

 私は到着ロビーへの案内表示を目で追いながら、広いコンコースを早足で急いだ。  心臓の鼓動が早くなる。もうすぐ、会える。

 3年ぶりの、最愛の姉に。

嬉しくて、居ても立ってもいられず、私は到着予定時刻よりも30分以上も早く国際線到着ロビーに来てしまっていた。行き交う人々、多国籍な言語のアナウンス、カートの車輪が回る音。まだか、まだかと電光掲示板を見上げていると、ようやく『ARRIVED(到着)』の文字が点灯した。

 心臓が早鐘を打つ。到着したと言っても、そこから入国審査や手荷物の受け取りがある。普通なら一時間はかかるはずだ。わかってはいるけれど、待ちきれない。早く会いたい。

 ところが。到着のアナウンスからわずか十数分後。自動ドアが開き、最初に現れた乗客の姿を見て、私は目を丸くした。

 「……えっ、早っ」

 人混みを割るようにして現れたのは、姉――榎本佳穂だった。

 12時間のフライトの疲れなど微塵も感じさせない、背筋の伸びた歩き方。何より目を引くのは、その装いだ。漆黒のオペラ風ロングケープを優雅に纏い、黒髪をなびかせて歩くその姿は、空港の雑多な空気の中でそこだけ切り取られたように鮮烈で、ただただ美しかった。この季節には少し重厚に見えるそのケープは、姉の秋冬の定番スタイルだ。ロンドンの冷たい空気をそのまま引き連れてきたような威厳(オーラ)が、周囲の人々を自然と道端へと退かせていく。

 私は胸を撫で下ろすと同時に、慌てて手を振ろうとした。けれど、姉は出迎えの人々でごった返すロビーに目もくれず、私を探そうともせず、最短ルートで出口へと直進していく。まるで、この空間の全てが意味を持たない『ただの背景(バックグラウンド)』だと言わんばかりだ。

 相変わらずだ。私は苦笑しつつ、彼女の視界に入るべく声を張り上げた。

 「お姉ちゃん! 佳穂!」

 私の声が届いたのか、姉の足がピタリと止まる。  ゆっくりとこちらを振り向き、私を認めるなり、表情筋を一切動かさずに短く名を呼んだ。

 「彩心」

 その声のトーン。ああ、お姉ちゃんだ。

 よかった、気づいてくれた。私は安堵と喜びに胸を震わせながら駆け寄った。

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